わかるよ。
地方で働いてたら、車は「ある前提」だよな。
通勤も、買い物も、家族の送り迎えも。
ないと生活が回らない。
オレもずっとそうだった。
でもさ、
一回だけでいいから考えてみてほしい。
この車、
オレは何時間働いて維持してる?
給料が増えない。
貯金もなかなか残らない。
なのに、なぜか毎月金が消える。
その正体、
車かもしれない。
別に今すぐ手放せって話じゃない。
買い替えろとも言わない。
ただ、
「車は便利な道具」じゃなく
「人生で一番デカい負債かもしれない」
この視点を、
今日は一緒に考えてみないか。
移動手段が、なぜこんなに高いのか

最初に言っておく。
車を否定したいわけじゃない。
地方で生きるなら、
車がなきゃ生活が成り立たないのも事実だ。
でも、ずっと引っかかってることがある。
車って、本来は「移動手段」だよね?
なぜ数百万の差が出るのか
人や荷物を運ぶ。
雨風をしのぐ。
ある程度の安全性がある。
この条件だけなら、
軽でも中古でも十分満たせる。
それなのに現実はどうだ。
・内装の質感
・見た目
・ブランド
・オーバースペックな性能
ここで数百万の差がつく。
でも冷静に考えると、
その差で「移動」が何倍も良くなってるわけじゃない。
車は高額なファッション。
服で考えると分かりやすい。
ユニクロでも
「着る」「寒さを防ぐ」という機能は満たせる。
それでもブランド服に何十万も払う人がいる。
それは機能じゃなく、見た目やイメージに金を払ってるから。
車も同じだ。
高い車に払ってる金の多くは、
- どう見られたいか
- 自分をどう定義したいか
つまりファッション代だ。
生活必需品の顔をした贅沢
ファッションならこう言える。
「これは趣味だ」
「これは贅沢だ」
でも車は違う。
・必要だから
・みんな持ってるから
・仕方ないから
そうやって
生活必需品の顔をして入ってくる。
気づかないうちに、
- 高額ローン
- 重い維持費
- 給料を削り続ける固定費
を背負うことになる。
車は資産じゃない
価値は増えない。
使えば減る。
最後は処分。
それでも人生トップクラスに金を食う。
もしこれが「ファッション」だと分かって選んでるならいい。
問題は、考えずに選ばされてることだ。
まずは考える。
ただ一度だけ、立ち止まってほしい。
これは移動手段のコストなのか?
それともファッション代なのか?
この視点を持つだけで、
次に選ぶ車も、
お金の使い方も、
きっと変わる。
イリイチの議論|車は人を速くしたか?

ここで一回、
オレの話じゃなく、外の視点を入れる。
昔、**イヴァン・イリイチ**って人が、
こんなことを言ってる。
ちょっと噛み砕くな。
車は「速くしてる」ようで、実は遅くしている
イリイチは、
「車は人を速く移動させているように見えるけど、
実際はそうじゃない」って指摘した。
どういうことかというと――
車って、
乗ってる時間だけじゃなくて、
・車を買うために働く時間
・ローンを返すための労働時間
・税金・保険・車検のための労働時間
・修理代を稼ぐ時間
これ全部込みで考えないといけない、って話。
数字で見る、車が奪う人生の時間
イリイチはこう考えた。
「車に乗って移動した“距離”を、
車のために使った“労働時間”で割ったら、
実は人は全然速くなっていないんじゃないか?」
極端に言えば、
車を持つために働く時間
と
車を使わずに移動する時間(歩く・自転車・公共交通)
これ、人生全体で見たら同じ時間じゃないか?
だったら、なんでオレたちは車のために必死で働いてるんだ?
実施
実際、年間1万km移動する前提で比べてみた。
車を持つ場合
- 車のために働く時間:333時間
- 実際の移動時間:250時間
- 合計:583時間
車を持たない場合(公共交通+徒歩)
- 交通費のために働く時間:100時間
- 実際の移動時間:500時間
- 合計:600時間
結論
ほとんど変わらない。
車あり:583時間
車なし:600時間
差はたった17時間。
1年で2日分しか違わない。
これ、思想の話じゃなくて「家計の話」
哲学とか思想って聞くと、
「難しそう」って思うよな。
でもこれは、
めちゃくちゃ現実的な話だ。
・給料が増えない
・なのに車の出費は固定
・自由に使える金も時間も減る
つまり、
車は便利な道具であると同時に、
時間とお金を吸い取る装置にもなってる
ってこと。
このイリイチの話、
オレは昔、
「そんな大げさな」って思ってた。
でもな、
自分の過去を数字で振り返ったら、
ゾッとした。
20年間で500万円が消えた話

先に言っておくけど、
オレ、特別いい車に乗ってたわけじゃない。
高級車でもない。
外車でもない。
見栄を張ってたわけでもない。
ごく普通の、現場の人間の車歴だ。
車両代だけで約500万円
20年間で、
車を何台か乗り換えてきた。
新車なんか買った事がない。
それなのに
車両代だけで約500万円。
これ、
一気に払ったわけじゃないから実感しにくい。
でもな、
冷静に数字にするとこうだ。
・年間25万円
・月にすると約2万円
毎月、黙って消えていく2万円。
手元にはなにも残らない。
ここで自分に聞いた。
「で、今なにが残ってる?」
通帳?
→ ない。
資産?
→ ない。
将来ラクになる何か?
→ ない。
あるのは、
「昔乗ってたな」って記憶だけ。
正直、
ゾッとした。
車両代だけじゃ終わらない
さっきの500万円。
これ、まだ序の口。
ここに維持費が乗っかる。
・ガソリン
・自動車税
・車検
・任意保険
・タイヤ
・オイル
・バッテリー
・突然の修理
毎年、
確実に金が出ていく。
しかも、
払わない選択肢はない。
生活が苦しい正体
オレは思った。
「給料が上がらない」
「貯金ができない」
それ、
努力不足でも、根性不足でもなくて、
最初から車に吸われてただけ
じゃないかって。
働く → 給料出る
→ 車に消える
→ また働く
このループ。
知らないときつい選択をする。
勘違いしないでほしい。
オレは
「過去の自分はバカだった」
なんて言いたいわけじゃない。
当時のオレには、
それが最善の選択だった。
ただな、
知らなかった。
これだけ金と時間を持っていかれてるってことを。
もし、
あんたが20年後に振り返ったとき、
「まあ、仕方なかったな」
って思えるなら、それでいい。
でも、
「気づいてたら、
もう少し違う選択できたかもな」
そう思いそうなら、
この先は読んでほしい。
車は必需品でも…

ここまで読んで、
こう思ったかもしれない。
「いや、言ってることはわかるけどさ」
「でも、車ないと無理だろ」
……うん。
その通り。
車は手放せない
地方の現場仕事で、
・始業時間が早い
・電車やバスが合わない
・夜勤、残業がある
・家族の送り迎えがある
この状況で
「車なしで生活しろ」は、現実的じゃない。
だからこれは、
精神論の話じゃない。
問題は「持つこと」じゃなく「持ち方」
オレが言いたいのは、ここ。
車を持つ=悪
じゃない。
車を“考えずに”持ち続ける
これが一番キツい。
・なんとなく新車
・なんとなく大きめ
・なんとなくローン最長
全部「なんとなく」。
でもな、
その「なんとなく」が、
毎月の首を締めてくる。
車は過剰な意味を持ちすぎてる
いつの間にか、
・頑張ったご褒美
・一人前の証
・周りとの比較
こういう意味、
車に乗っかってないか?
それに数百万は高過ぎじゃない?
冷静に見ると、
車はただの道具だ。
生活を助ける道具が、
人生を縛ってたら本末転倒だろ。
車購入はマジで考えろ
だから答えは一つじゃない。
・中古で十分な人
・軽でいい人
・乗り潰す人
・台数を減らす人
どれも正解。
大事なのは、
「選んだ」と言えるかどうか。
次に車検のハガキが来たとき。
次に買い替えを考えたとき。
一回だけ、
これを自分に聞いてみてほしい。
この車、
オレの人生を楽にしてるか?
それとも、縛ってるか?
最後に
車はトップ・オブ・ザ・負債。
オレは今でも、そう思ってる。
だから、自分にあまい言い訳をせずに
ちゃんと向き合う。
しんどいけど、
ちょっと考えてみる。
それくらい考えるほど、車って高い買い物。
あなたは車のために何年働くつもり?
あなたはファッションにいくら使うの?
本当に必要なのは見栄?それとも自由?
考えれば考えるほど車はお金が浮きやすい。
今考える事はあなたの人生にとって大きなチャンスなのかもしれない。