宅建で民法を学んで気付いた。法律は立場が弱い人の味方でもある

マサル

はじめまして。MASARUです。 このブログでは、仕事、お金、不動産、AIなど、自分が実際に経験したことや学んだことを書いています。 特別な成功者ではありません。 失敗も多いし、遠回りもたくさんしてきました。 だからこそ、「どうすれば少しずつ前に進めるのか」を、自分自身に問いかけながら発信しています。 このブログを読んで、「ひとつやってみようかな」と思ってもらえたら嬉しいです。 --- ### 運営者 * 元製造業 * 現在は不動産業界で勤務 * 宅地建物取引士 * 不動産投資・インデックス投資を実践 * 二児の父

正直、宅建で民法を勉強するまで、法律ってもっと冷たいものだと思ってた。

なんか、難しい言葉が並んでいて、専門家だけが扱うもの。普通に生活している俺には、そんなに関係ないもの。そんな印象があったんよ。

でも、民法を学んでいる時に、少し見方が変わった。

「あ、法律って、立場が弱い人のためにもあるんだな」って感じた。

もちろん、法律を知っていたら必ず救われるとか、世の中の理不尽が全部なくなるとか、そんな話ではないよ。

ただ俺的に、民法を勉強して一番残ったのは、法律は力の差を埋めるためのルールでもある、という感覚だった。

宅建で民法を学ぶまで法律の見方が変わった

宅建の勉強って、不動産の資格のためにやるものだと思ってた。

もちろん、それはそうなんだけど、民法に入った時に、ただの暗記とは少し違う感じがした。

契約とか、意思表示とか、権利とか義務とか。

最初は言葉が硬くて、正直しんどい。

でも読み進めていくと、「これ、誰かが一方的に損しないように作られてるんだな」と感じる場面があった。

俺はこうだった。

宅建で民法を学んだ時に、「法律は弱者のためにある」と感じた。特に、力の差がある人同士の間にルールがある意味を考えた時、法律の見方が変わった。

それまでの俺は、法律って守らされるもの、縛られるもの、面倒なもの、という印象が強かった。

でも民法を学んで、「守るためのもの」でもあるんだなと気付いた。

小学生と大人の腕相撲で考えてみて

ちょっと考えてみて。

小学生と大人が腕相撲をする。

普通にやったら、大人が勝つよね。

体格も違う。力も違う。経験も違う。

そこで「同じ条件で勝負です」と言われても、小学生からしたら、いやいや無理やろって話になる。

だからルールがいる。

ハンデをつけるとか、勝負のやり方を変えるとか、そもそも危なくないようにするとか。

力の差があるなら、ルールがないと強い側が有利になりすぎる。

俺は民法を学びながら、法律もこれに近いんじゃないかと感じた。

ここなんよ。

法律は、強い人をさらに強くするためだけのものじゃなくて、力の差がある場所に線を引くためのルールでもある。

もちろん、法律があるから全部平等になるわけじゃない。

現実はそんな簡単じゃない。

でも、何もルールがなかったら、立場が強い人の言い分だけで物事が進んでしまうことがある。

会社と個人。

貸す側と借りる側。

売る側と買う側。

知っている人と、知らない人。

こういう差って、普通にある。

その差を少しでも埋めるために、法律があるんだと考えると、民法の見え方が変わった。

法律は知っている人だけのものではない

法律って、知っている人だけが得するものに見える時がある。

実際、知っているか知らないかで、動き方が変わることはあると思う。

でも本来は、知識がある人だけのためのものじゃないはずなんよ。

立場が弱い人が、不当な扱いを受けた時に、「それは違う」と言える根拠になる。

何か契約する時に、「これ本当に大丈夫かな」と一度立ち止まるきっかけになる。

無理なことを言われた時に、「自分が全部悪いわけじゃないかもしれない」と思える材料になる。

俺は、そこに法律を学ぶ意味があると感じた。

宅建のために民法を勉強していたはずなのに、途中から、これは試験だけの話じゃないなと思った。

暮らしの中にも、仕事の中にも、契約ってある。

買う、借りる、働く、頼む、頼まれる。

言葉にすると身近だよね。

その身近なところで、何も知らないままだと、強い立場の人の言葉をそのまま飲み込んでしまうことがある。

考えてみて。

もし自分が弱い立場にいる時、「それはおかしい」と言えるルールを少しでも知っていたら、行動は変わらないかな。

資格以上に得たもの

宅建の勉強で得られるものって、資格だけじゃないと俺は感じた。

もちろん合格するために勉強する。

そこは現実的に大事。

でも民法を学んで、「法律って怖いもの」から「自分を守るために知っておいていいもの」に変わった。

ここが俺の中では大きかった。

難しい条文を全部覚えようとしなくていい。

いきなり専門家みたいにならなくていい。

ただ、「法律は自分と関係ない」と切り離さないこと。

それだけでも、少し見える景色が変わる。

理不尽なことがあった時に、すぐ戦うとか、誰かを責めるとかじゃなくていい。

まず、「これは本当に仕方ないことなのか」と考える。

「何かルールはないのか」と調べてみる。

それだけでも、黙って飲み込むだけとは違う。

俺はそう思う。

ここなんよ。

法律を学ぶ意味は、誰かに勝つためだけじゃなく、自分を雑に扱わせないためでもある。

法律は難しい。

それは正直ある。

でも、難しいから自分には関係ない、で終わらせるのは少しもったいない。

宅建で民法に触れたことで、俺はそう感じた。

全部やらなくていい。

今日一歩だけでいい。

今日一歩

  • 宅建の民法で出てくる「契約」や「意思表示」を1つだけ調べてみる
  • 日常で交わしている契約を1つ思い出してみる
  • 理不尽だと感じたことを「法律ではどう扱うんだろう」と検索してみる

法律は遠い世界のものじゃない。

自分の生活のすぐ近くにある。

民法を学んで、俺はそれに気付いた。

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はじめまして。MASARUです。 このブログでは、仕事、お金、不動産、AIなど、自分が実際に経験したことや学んだことを書いています。 特別な成功者ではありません。 失敗も多いし、遠回りもたくさんしてきました。 だからこそ、「どうすれば少しずつ前に進めるのか」を、自分自身に問いかけながら発信しています。 このブログを読んで、「ひとつやってみようかな」と思ってもらえたら嬉しいです。 --- ### 運営者 * 元製造業 * 現在は不動産業界で勤務 * 宅地建物取引士 * 不動産投資・インデックス投資を実践 * 二児の父